大丈夫。会社、辞めても生きていけるで。

就職浪人してまで入社した会社を、抑うつ症のためわずか9か月で退職した私が、会社に所属しない道を選び、独立してメシを喰っていけるようになるまでに大事だなと思った心構えについて綴ったブログです。

もらおうが、稼ごうが、お金はお金。~お金がスムーズに受け取りやすくなる考え方。

稼ぐのが善、もらうのは悪?

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こんばんは。心理カウンセラーのキタダハルキです。

今日は会社を辞めるとなるとどうしても気になる「お金」の話をしようかと…。

私は休職をしていた&それ以前も休みの日に外に出るエネルギーがなかった、ということもあって、貯金は意外とありました。が、このお金は結構早い段階でなくなりました。もちろん、勉強に使ったのが主ですから、まったくのムダ遣いはなかったとはいえ、それでも半年前後で使い切りになりましたから、結構なスピードだったと思います(ちなみに当時の貯金額は50万以上、100万未満です)。

で、会社を辞めてからというもの、貯金はどないやったかと言えば…ずーーーーーーっと、0でした。マジで。もちろん、そこまで大きく稼いでいるわけではないのもありますが、貯金をしようという意思がそもそもなかった感じ。常にヒヤヒヤしながら生活をしていたのも事実。(だから、こんなことが起きたわけで…詳しくはリンク先にて)

kantanstresskaisyou.hateblo.jp

ですが、正直いつだったかは覚えていないけれど、ある考え方を閃いたときに「フッ」とお金に対する不安が消えていったことがありましてね。今日はその考え方についてお話ししていきたいと思います。

■そういえば、このお金って誰かのものだったよなぁ…

その考え方っていうのは、たしかお金を何気なく数えていた時に湧き上がってきました。

そういえば、お金って名前書いたりしちゃダメやんなぁ…と、どうでもいいことを思っていたときに、ふと諭吉氏か野口氏かを見つめて…「あぁ…そういえば、このお金は元々、誰かのお金だったよなぁ…」と思ったんですよね。

そこでハッとしたんですよ。もしかして、究極「自分のお金」なんてないんじゃないか、ってね。

■すべてのお金は、元々誰かのものだった。

当たり前ですが、法律でお金を自分で刷ることは禁じられてますから、自分が「産生」したお金なんてのは、存在しないんですよね。

お給料としてもらうお金も、親のスネをかじってもらうお金も、個人事業で対価としていただくお金も、すべて元々は、誰かの手に渡っていたもの、ってことに気づいたわけです。

一見大したことない気づきに見えるかもしれませんが、この考え方になったから一番変わったのが、お金に対する変なプライドが消えたことでした。

■稼ぐお金は善で、もらうお金は悪?

そのお金に対するプライドっていうのは、自分で稼ぐお金が善で、もらうお金は悪、みたいな考え方のこと。

自分で稼がないと意味がないから、生活が苦しくてもやせ我慢したり、本当の本当にギリギリにならないと助けを借りなかったり…といったことをしてしまっていたんですよね。

でも、もらうお金と稼ぐお金…。そこに貴賤なんて、果たしてほんまにあるか?って思うようになったんですよね。というか、個人事業なんて、なおさら誰かからお金をもらえないと生きていけないじゃないですか。対価だろうがなんだろうが、もらうことには変わりないんだから。

■もらおうが、稼ごうが、お金はお金。

こういう考え方に代わってから、お金に焦らなくなったんですよね。というか、厚意に対する変な罪悪感が消えたんですよね。

すると、助けてくれるって名義でのお金だったり、厚意をスムーズに受け取れるようになってきたんですよね。すると結果として、事業も安定感が上がってきたんですよね。稼ぐ、よりも、もらうの方が結果的に、受け取れる範囲が大きいってこと、にこのとき気づきました。

もらおうが、稼ごうが、お金はお金。そうすると、ムダな力が抜けていって、お金に対する必死さが減ってきて、結果的にお金を受け取れる機会が増えてくると思うんですよね。