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大丈夫。会社、辞めても生きていけるで。

就職浪人してまで入社した会社を、抑うつ症のためわずか9か月で退職した私が、会社に所属しない道を選び、独立してメシを喰っていけるようになるまでに大事だなと思った心構えについて綴ったブログです。

結果ばかりを追い求めるから「薄っぺらく」なる。

「結果」だけを追い求めると、薄っぺらくなる。

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こんばんは。心理カウンセラーのキタダハルキです。

今日は「物事の伝達」について、私が思うところを話していきたいと思います。というのも、違和感があるなーと感じるところがありまして。どこに違和感を感じるか、っていうと、あまりにも「結果、結果」と言い過ぎで、どうも過程がおろそかになっとるなぁ…ってところ。

そりゃね、結果は当然大事。最終的な結論の部分ですし、結果までたどり着かないと人に伝わっていかないのも事実ですからね。ただね、同じ結果だったとしても「過程」が違うと伝わり方が変わりますし、「次、同じことをやったとき」に同じような結果を再現できるのか、ってのも変わってくると思うんですよ。

今日は、端的な結果主義ではない、特に大事にしたい「過程」の話をしたいと思います。

■「どうして」その結果が出たのか。

先ほどもチラッと似たようなこと言いましたけど、結果が「どのようにして」出たのか。これを説明できるかどうかはすごく大事。

例えば、ビジネスシーンでは「気づき」が大切だというようなことを言いますやん。これって、「どのような点」に対し「どういう気づき」があったのか、ってところを理解していないと、まったく意味がありません。

言い換えると、気づきが大切です!ってことをただ言うのと、過程があって「気づきが大切だと理解した」のでは雲泥の差だ、ということです。

■結果ばかりを追い求めるから、薄っぺらくなる。

もしここであまりにも「結果主義」が度が過ぎると…誰かが出した「結論」ばかりを追いかけるようになってしまうんですよね。良さげな結果を集めていれば評価されると思い込んでしまいますから。

だけど、実際は「なぜ」その結果は「評価される」に至ったのか、過程が自分の中にないからものすごく「薄っぺらい物言い」になってしまうんですよね。あなたの周りにも、したり顔でどっかから仕入れてきた知識をひけらかす人いませんか?結果だけを追い求めると、そういう残念な人になってしまいがちなんですよ。

■過程は、自分で創っていく必要がある。

私は、結果ばかりに囚われずに、過程を歩むことも大事にしてほしいなと思うんですよね。

セオリーらしきもの(結果)を歩んでいれば、一定の成果は確かに出ます。だけど、そのセオリーに通ずる道を通ってそこに辿り着いたのか否かで、「結果」の伝わり方、重みはずいぶん違ったものになると思うんです。

だからこそ、結果をインスタントに求めるんじゃなくて、自分自身で「過程」を創っていくってことも大事にしてほしいなぁ、と思うんですよね。