大丈夫。会社、辞めても生きていけるで。

就職浪人してまで入社した会社を、抑うつ症のためわずか9か月で退職した私が、会社に所属しない道を選び、独立してメシを喰っていけるようになるまでに大事だなと思った心構えについて綴ったブログです。

言葉がすべてではない。けれど、言葉を「諦めちゃ」いけないと思う。

諦めたら、そこで試合終了。コレは、言葉で伝えることもいっしょ。

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こんばんは。心理カウンセラーのキタダハルキです。

私、こういう書き仕事もやっている関係もあって、言葉にはとっても敏感です。自分のブログでも、日本語が通じていないと思しきところは多少時間がかかろうとも書き直しますし、正直、なぜこれでGOサイン出すの?っていう文章に巡り合ったときはイライラします(笑)。

今日は、その言葉の使い方について思うところを記事にしたいと思います。

■言葉って、便利かつ不便。

言葉は、人間が使うコミュニケーションツールの中で、便利かつ、不便なものです。

便利という視点でお話しすると、言葉は、誰でも簡便に使えて、なおかつ共通理解をするためには欠かせないものです。ただ、あくまでその理解は「ある程度」止まり、なんですよね。

言葉についてどういう意味で解釈するかは人それぞれ。思い違いなどから諍いが起こってしまうこともしょっちゅうあります。こういう意味では、不便とも言えるんですよね。

■「言葉があるから、揉め事が起こる」?

そういう意味で最近、言葉があるから揉め事が起こるんだ、言葉なんて不便だ!という意見主張をする方もいらっしゃいます。

実際問題、正しいっちゃ正しいと思う。トラブル源の一つであることには間違いないしね。ですが、あなたが今この記事を読んでもらえているのは、言葉が存在しているからこそであって、ないと困るものなのは間違いないわけです。

だから、私は言葉の不便さを言い訳に、言葉を蔑ろにするのはいかがなもんかと思うんですよ。こういう主張をする方に限って、言葉に対する気配り不足をごまかしているしね。乱暴な言葉を使ったり、手抜き説明をすればトラブルになるのは当たり前なわけで。

ただ、言葉だけが先行していて、そこに心が感じられなかったら、それもまた炎上のもとになってしまうんですよね。

■言葉がすべてではない。けれど、諦めちゃいけないと思う。

何が言いたいかというと、言葉は絶対的なモノではないけど、必要なものだよってことです。この絶対的ではないというところがポイントで、言葉だけで何とかしようとしても混乱を招きますし、言葉が足りない状態でも混乱を招くのです。

だからこそ、こういう言葉をめぐる混乱は、どうあっても、大小は別にして「当たり前に存在している」ものとして考えておくことが大切になってきます。完璧な言葉の理解なんてないけれども、伝える努力を諦めるのはただの怠慢だというわけです。

もう一度言います。

完璧に言葉を相手に理解してもらうことは不可能です。そこは諦めてください。ですが、完璧に限りなく近づくように、伝える努力は必要だということです。そこは諦めないでください。

この不可能と可能が交差する点を目指していくこと。私は、これが言葉を使う上で大事な心構えだと思っています。