大丈夫。会社、辞めても生きていけるで。

就職浪人してまで入社した会社を、抑うつ症のためわずか9か月で退職した私が、会社に所属しない道を選び、独立してメシを喰っていけるようになるまでに大事だなと思った心構えについて綴ったブログです。

成長しないことすら、人生の選択肢の一部。~合わない人は、ほっときゃいい。

やらないことだって、ひとつの可能性。

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こんばんは。心理カウンセラーのキタダハルキです。

実は私、カウンセラーになってからしばらくは、仕事終わった翌日、燃え尽き症候群のようになって、やる気がガクンと落ちてしまうことが多かったんですよね。実は、仕事量自体は始めたてのころの方が多かったんで、単純に疲れもあった(6日連続で外とか、正直今はイヤかなw)とは思います。

ただ、当時は、疲れに加えてイライラも前に出ていたので、さすがにコレではストレスが大きくなりすぎていかんと思っていろいろな方に相談していました。その結果、忙しさとは違う、思いもよらぬところにストレスの元があったことが発覚したんです…。今日はそのお話しを。

■「与えられたチャンスをみすみすムダにしている人間」。

相談していく中で浮かび上がってきたのが、私は「与えられたチャンスをみすみすムダにしている人間」に腹が立つようになっていたことがわかりました。

理由は、チャンスを与えた立場の人に対して「裏切っている」という気持ちがどうしてもぬぐえなかったからです。ただ、自分自身の怒りの理由は分かったけれども、その「腹が立つ相手」との価値観が異常に乖離していることを許せていない事実には変わりありませんでした。

今のままだと、「そんなに怒らんでもいいやん」と第三者に諭される画が浮かんできて、それに対してさらに怒ってしまう画までも浮かんできて、どんよりとした気分になってしまいました。

■チャンスを与えられたけどムダにする、という経験を積んでいる。

そんな折に触れた考え方っていうのが…

 「チャンスを与えられたけどムダにする」という経験を積んでいる人もいる、って考え方だったんです。

私は、カウンセリングを学び始めた一年間で、成長していきたいという気持ちが強くなってきたんですよね。天職に辿り着いたような感覚がありましたから。その分、成長の機会を放棄する人間の価値観の存在を認められなくなっていましたんですよね。なんでやらへんのじゃ!って思ってました。

もちろん、私は今も「成長欲」を放棄する気なんてさらさらありません。日々成長、この考え方から手を離す必要はないと思っています。

だけど、それゆえに相手に「成長」を強要していたなぁ、ということに気づいたわけです。良く考えたら、成長したいかどうかも、選択していいものだよね。要は、成長しないことすら、人生の選択肢の一部だ、ってことを教えてもらったんです。

■合わない人に、エネルギーを割く必要はない。

もちろん、私があえて成長しない道を選ぶことは今後もないでしょう。だけど、成長を選ばない人間にわざわざ「バツ」を付ける必要もないんだな、と気づけました。関係ないんやから、ほっときゃいい話。成長する気のない人を成長させる必要なんてないんですよね。

どう頑張ったって、絶対に「合わない」人は一定層います。そこにエネルギーを割き続けるのは、やっぱり効率がいいとは言えないんですよね(もっとも、それが「やりたいこと」なら別ですが)。

そういうところにエネルギーを漏らすぐらいなら、自分自身が理想とするところにエネルギーを使っていく方が、よっぽど建設的だと私は思うんですよね。