許すのは「いつか」でいいと思うんです。
こんばんは。心理カウンセラーのキタダハルキです。
許しは最大の愛。
こういうフレーズ、私のいるカウンセリング業界では結構よく聞く話(むしろ、基本ぐらいの位置にある知識です)。すべての起きた出来事(いいことも、わるいことも)を納得してその存在を許せたとき、心の深い納得が起こって人間的に一皮むけるような感じで、ラクになる。
実際問題、私の「抑うつ症になった一連の流れ」に関して言えば、当時の上司やら、自分の事やら、もう感謝に気持ちが切り替わっているんですよね。おかげでブログが書けるわけだし、仕事にもありつけたわけだし(笑)。
でもね、ぶっちゃけすべてがすべて、こんな順風満帆にはいかないんですよ。腹立つことはいつまで経っても腹が立つモノだし、ポジティブに変換されない出来事もあるわけです。
だから、私は基本的にカウンセリングでは、無理に許さなくていいで、ってことをお伝えするんですよね。たいがい掘り下げていくと「許さなきゃいけないんじゃないか」と悩んでいることがほとんどなんでね。今日は、今まさに、心がモヤモヤする方に向けてお話ししていきたいと思います。
目次
■許し過ぎると「不満の無視」に繋がってしまう。
簡単に許すってことをやり過ぎると、正直身体によくないんですよね。
不満っぽいものを全部飲み込んで、納得しようとするクセがついてしまうんです。特に、優しい人ほどね。ただ、本当はどう思った?ってことを聞いていくと、それこそ怒りがブワーっと吐き出されるわけですよ。連鎖的に。あのときのアレがあーでこーで、アァァァァァァァ!って感じでね。
要は、不満を感じていたのに、そのことについて無視していた状態になっていたってことになるんですよね。だから、累積していって、感情が爆発してしまうわけです。
■「許し」は「最終結果」に過ぎない!
結局のところ、許しが起こるのは「最終結果」に過ぎないんですよ。
許すまでに紆余曲折があって、あーでもないこーでもないって苦しんだのちに、「もう、許してもいいかな」と自然に、割とどうでもよくなるような感じで、納得するものです。
つまり、自分にとって何が許せないのかとか、そういう自分の気持ちに対して向き合うという「過程」なしに、いきなり究極の結果にはたどり着けないのです。
■まずは、「ラクに過ごせる人間関係」を手に入れよう。
だからこそ、無理やり許そう許そうとするんじゃなくて、素直にムカついた!ってことを感じてもいいんじゃないか、と思うんです。
そうすることによって、自分の中の昇華されていない感情や、どういうところに納得がいかなかったのか、ってことを理解できて、自分の「ツボ」が分かってくるようになります。それが理解できていれば、その「ツボ」を触ってくるような人間関係を避ける、って動きを取れて、人間関係も随分とラクになってきます。「ある程度は、あなたのことを分かっている」人間関係を作れますからね。
そういう「気分がラクに」過ごせる人間関係の中で平穏を取り戻した時に、「あ…もういいかな…」って感じで、許せるときが来ると思うんですよね。
★平穏な人間関係を作るために大事なことは、以下の記事でお話ししています。